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紀伊山地の霊場と参詣道

文化遺産/②③④⑥/2004年/日本
太平洋に大きく張り出した紀伊半島のほとんどは、「紀伊山地」とよばれる山岳地帯である。この紀伊山地には標高1000mを超える山々が連なり、古来より修験道の拠点である「吉野・大峯」、熊野信仰の拠点である「熊野三山」、そして空海が開祖の真言宗の根本道場である「高野山」の三大霊場が存在している。

この地が世界遺産に登録されたのは、これら多くの文化遺産が豊かな自然景観と一体となって残されている点と、日本固有の宗教形態のありかたをとどめた、世界に類を見ないものとして高い評価を受けたためである。

吉野・大峯

平安時代末に役行者を開祖に成立した修験道の聖地である。紀伊山地の最北部にあたり、金などの鉱物を産出する金峯山を中心とする「吉野」と、その南の山岳修行の場である「大峯」からなる。根本道場は山上ケ岳(1719m)の頂上にある金峯山寺で、本堂にあたる檜皮葺き屋根の蔵王堂は高さ約28mと、木造建築としては東大寺大仏殿に次ぐ大きさである。本尊である金剛蔵王権現に神木として寄進されたサクラは現在3万本を超え、吉野山の桜として名高い。

熊野三山

熊野三山は紀伊山地の南東部に位置し、「熊野本宮大社」「熊野連玉大社」「熊野那智大社」3社の総称で、古来より熊野信仰の聖地である。それぞれの社は個別の起源をもつが、10世紀後半に本地垂追説にもとづき神仏混淆が進むと、3社は一体のものとして信仰を集めていった。本地垂迹とは、仏教の仏菩薩が日本古来の神の姿となって現れたという神仏習合の考え方である。
世界遺産には、このほか青岸渡寺、補陀洛山寺、那智大滝、那智原始林が含まれる。

高野山

高野山は吉野・大峯の西南西に位置する。弘法大師空海が816年(弘仁7)、標高800m、約3k㎡の山上の平地に建立した金剛峯寺を中心とした霊場で、真言密教の教義を諸堂や仏像で表現する日本初の本格的な密教佃藍である。空海人定後は奥の院が弘法大師信仰の聖地となり、現在も117の子院や塔頭が建ち並ぶ、山上の一大宗教都市となっている。
構成資産には金剛峯寺を中心とした数多くの建造物のほかに山麓にある丹生都比売神社、丹生官省符神社、慈尊院の2社1寺が含まれている。

参詣道

吉野・大峯、熊野三山、高野山の三大霊場を結ぶ道を参詣道といい、「大峯奥駈道」「熊野参詣道」「高野山町石道」に大別される。大峯奥駈道は吉野・大峯と熊野三山を結ぷ約170kmの道で、巌しく険しい修験道の修行の場であった。
熊野参詣道は熊野三山に参脂する道で、熊野古道ともよばれ、京都方面からの中辺路、熊野三山と高野山を結ぷ小辺路、海沿いを行く大辺路、伊勢神宮との間を結ぷ伊勢路からなる。高野山町石道は高野山麓の慈尊院から、弘法大師が眠る高野山奥の院まで、空海が開通させた参詣道である。

登録名称・交通アクセス

登録名称
Sacred Sies and Pilgrimage Routes in the Kii Mountain Range
所在地
奈良県、三重県、和歌山県。
アクセス
金峯山寺へは、大坂・近鉄阿部野橋駅から特急電車で約1時問15分、吉野駅下車。そこからロープウェイ。熊野三山へは、JR新大阪駅から紀勢本線で紀伊田辺駅、細尹勝浦駅、新宮駅などで下車。そこからバスや車。金剛峯寺へは、大阪・南海電鉄なんば駅から特急電車で約1時問30分、極楽橋駅下車。ケープルカーに乗り換え高野山下車。そこからバス。

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2009年5月14日|

カテゴリー:日本の世界遺産

白川郷と五箇山の合掌造り集落

岐阜県の北部と富山県の南部にまたがる飛騨高地。日本が誇る世界遺産の白川郷と五箇山は、その険しい山間を流れる庄川沿いの段丘に形成された集落である。一帯はわが国有数の豪雪地帯で、外界との行き来が大変困難であった。そのため、戦後に電気や道路が整備されるまでは、昔ながらの社会制度や民俗、慣習が色濃く残され、独白の生活文化を育んできたのである。特に、合掌造りとよばれる独特の家屋と周囲の自然環境は、歴史的遺産として後世に伝えるにふさわしい美しさを保つ。

合掌造り

白川郷の集落にある有名な「合掌造り」とは、2本の材木を逆V字形に組み合わせてつくる叉首構造で、切妻造り、茅葺き屋根の家屋をいう。まさに合掌しているように見えることからこの名でよばれるようになった。 60度もの急勾配をもつ屋根の傾斜は、雪を滑り落ちやすくし、雨水をすばやく流し、太陽熱で効率的に屋根を乾燥させて屋根材の茅を腐らせないための工夫である。釘は1本も使わず、太い柱と大小の丸太材の組み合わせでつくられて
いる。各集落には、汪戸時代から続く「組」とよばれる互助組織があり、30~50年に1度行われる屋根の葺き替えは「結」とよばれるこの組の互助作業によって行われる。

合掌造りの家は、一般の日本家屋に比べて規模が大きい。
内部には2~3層の空間が設けられ、そこに20~30人の大家族が住む。大きな三角形の合掌造りは、屋内空間を最大眼に生かす山村生活の知恵なのである。白川郷や五箇山の人々は、厳しい自然条件の下で協力して田畑を耕し、窓のつくられた屋根裏に蚕を飼い、絹糸を得てきたのである。

白川郷と五箇山の合掌造り集落の歴史

白川郷、五箇山というのは江戸時代以前からの呼び名で、現在では岐阜県白川村の「荻町」、富山県南砺市の「相倉」「菅沼」である。白川郷には平安時代末期、平家の落人が住み着いたという伝説が残り、鎌倉時代に浄土真宗の道場も開かれたという古い歴史がある。また、五箇山という地名は庄川本流に沿う赤尾谷、上梨谷、下梨谷、小谷と支流の利賀谷の5地域からなることに由来し、古来より平家の落人集落ともいわれてきた。

19世紀末までは、数多くあった合掌造りの家屋であったが、1930~60年代に多くのダムが建設され、いくつもの集落が水没した。特に御母衣ダムが完成した1961年(昭和36)には、白川郷の荘川村の4地区が水底に沈み、多くの合掌造りの家屋が失われていった。戦後すぐには300以上あった合掌造りは、わずか20数年で半分近くに減少してしまったのである。

しかし、1970年代に本格化した保存活動によって、荻町には59棟の合掌造り家屋が残り、1995年(平成7)に相倉集落の20棟、菅沼集落の9棟とともに世界遺産に登録された。

登録名称・交通アクセス

登録名称
Historic villages of Shirakawa - go and Gokayama
所在地
岐阜県大野郡白川村。富山県南砺市相倉、菅沼。
アクセス
JR高山本線高山駅からバスで白川郷まで約1時間40分、JR北陸本線高岡駅からバスで五箇山まで約1時問40分。

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2009年5月14日|

カテゴリー:日本の世界遺産